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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)8390号 判決 1963年5月31日

被告 三井銀行

理由

訴外株式会社梶塚商店が原告主張の如く支払の停止をなし、破産の申立がなされ、破産の宣告を受け、原告が破産管財人に選任されたこと、破産会社を別紙第一目録記載の九通の約束手形を振出し、被告が各その支払期日に支払を求めたところいずれもその支払を拒絶されたこと、被告が右手形債権のうち八百七十二万九五〇円を破産会社の別紙第二目録記載の預金及び利息等債権と相殺の意思表示をなしたこと、右各約束手形に振出日の記載がなかつたことはいずれも当事者間に争がないところである。

ところで原告は、本訴の第一次の請求原因として右各手形は右相殺の意思表示があつた時全部振出地の記載を欠き無効のものであるから被告は右手形債権を取得せず、従つて右相殺は無効である旨主張するので按ずるに、右振出地の記載のなかつたことは被告の認めるところであるが、乙第三号証(昭和二十八年四月十日被告と破産会社間に成立した手形取引に関する約定書)の第一条には「当方振出引受裏書又は保証の手形で万一手形要件を欠くため手形として効力のない場合でもその手形面記載の金額及び利息等支払に応ずること」の記載があることが認められるから、右各手形が右記載要件を欠き手形として無効である場合でも、破産会社としては右条項により右手形金額及び利息の支払義務を免がれ得ないのであるから右主張は採用し得ない。原告は右約定書はその内容が公序良俗に反し無効であるのみならず、破産会社において内容不知のまま被告に差入れたものである旨主張するけれども、右の如き約定が民法上の契約として有効で、原告主張の如き理由により無効となる理由はない。又、内容不知の間に右約定書が差入れられた事実についてはこれを認むべき証拠はない。又原告は、仮りに然らずとしても、右約定は時効により消滅した旨、然らずとしても右約定は破産会社が被告宛に振出した手形のみに適用あり本件手形は破産会社が訴外大互紡績株式会社に振出した手形であるから、手形要件欠缺に関する契約の効果は本件手形に及ばない旨主張するけれども、前記基本契約が存在する以上右約定が時効によりその効果を消滅する理由がなく、又本件各手形について前記約定の適用あることは前記乙第三号証の第二条の「当方振出又は裏書の手形について引受又は支払の拒絶があつた場合は手形金及び利息並びに諸費用の償還に応ずること」の記載より明らかであるから、右主張も亦採用しない。

次に原告は、別紙第一目録記載の手形のうち2、9はその裏書欄の被告の表示が抹消されている点から見て、被告が前記相殺の意思表示をした当時右手形の所持人でなかつた旨主張し、右手形と認められる甲第二、九号証の第一裏書欄の被裏書人たる被告の商号が抹消されていることを認められるが、これを証人山崎尚英の証言と比較してみると、右は被告が前記抗弁(二)において陳述する事情によりこれを破産会社に返還する際抹消したもので、当時被告がその所持人であつたことは明らかであるから、右主張も失当である。

次に原告は予備的請求として、原告は前記相殺は破産債権者を害する行為で破産法第七十二条第五号に該当するから否認権を行使する旨主張する。(証拠)を綜合すれば、被告は破産会社振出の別紙第一目録記載の九通の約束手形をそれぞれその受取人である訴外大互紡績株式会社、木村羊毛株式会社より各手形割引取引により本件各手形の裏書譲渡を受けその所持人となつたところ、右手形のうち1ないし8のいずれもその満期に支払を拒絶された。被告は前記の如く、右1ないし8の手形金額、及び9の手形は期限到来前であつたが、乙第三号証の第三条により期限の利益を失わしめ、その手形金の内金百六十七万九、二二六円、以上合計金八百七十二万一、五一三円を自働債権別紙第二目録記載の債権を受働債権とし、前記の如く相殺の意思表示をなし(右の内1ないし6及び12ないし15の債権については被告においてこれを質取してあつたので、質権の実行として前記相殺の意思表示をした)、当時破産会社の代表者梶塚広一においてこれを承諾したものであることを認めることができる(右相殺の意思表示は昭和三十六年一月十六日発送され当時破産会社に到達した)。ところで、相殺は、債務者がその債権者に対し、自己も債権を有する場合にこの債権と債務とを対当額において消滅させる行為であるが、これにより債務者は自己の債務を簡便に決済できるばかりか、相手方の債権を利用して自己の債権につき弁済を受けたのと同じ結果を得ることができる制度で、若し一方が破産した場合にはそれ以前になした相殺を許さないとすると、相手方は自己の債務は破産財団に対し完全に弁済しなければならないのに、その債権については破産手続による配当に甘んじなければならないことになつて、当事者間に甚だしい不公平を生ずることは明らかである。尤も、相殺を無制限に許すときは、ある者の資産状態が悪化して破産の直前のような時期にその債務者が実価の下落した他人の破産債権を集めこれとの相殺により自己の破産財団に対する債務を免れようと企てることが多く、破産財団は減少し、他の一般債権者の受ける損害も増大すること明らかであるから、破産法は第百四条によりこれを禁止しているが、右に該当する場合以外には相殺を否認の対象となし得る規定はこれを発見することはできない。然るに、被告のなした前記相殺は、同条に規定するいずれにも該当しないこと明らかであるから、原告が被告のなした右相殺を否認する主張は到底採用することはできない。

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